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Yugaの月記

日記はムリなので月記としての活用を試みています。

姉小路家奮闘中 その1 (戦極姫3 PS VITA)

さて姉小路家 難易度「普通」で開始したわけだが、
難易度「易しい」に比べるまでもなく色々厳しいものがある。

まず、初期の軍資金が600前後しかない。
易しいモードの初期軍資金50000がいかに莫大な金額だったかがわかる。

そして初期雇用可能なゲスト武将が2人だけ。
なんせ城が1つしかなく初期武将が当主含めて4人いるので、
残りが2枠しかないようだ。

そのため、兵数も多く武力も智謀もそこそこ高い
鉄板の今川義元先生と雪斉和尚に来てもらう事にした。

副作用として今川家はボロボロになってしまうが、
ここは三国同盟決裂と言う形で武田家の足を引っ張る意味でもちょうどよい。


戦略は攻略wikiにも書かれていたように、
本拠地飛騨国を捨てて越後国を手に入れる方法で。
なんせ、飛騨国は非常に貧しい国力なのだ。
開始時の国全体の石高はわずか4万石。
頑張って国を維持したところで4万石では絶対に行き詰るのは必定。
しかも南は織田家(または斎藤家)東からは武田家と脅威にさらされている。

姉小路家は飛騨国に3つある城の最南端を居城としているので、
飛騨国を脱出する為には、まず2つの城を落とさなければならない。
あまり時間をかけたくないので、全軍を以て北上する作戦で。
結果、最初の秋を迎える時に飛騨国内平定を完了し小大名に出世した。

まずは第一関門突破。

そして越中国へ進出し、左側半分を制圧した辺りで、最初の危機が発生。
越後を平定した上杉勢が越中に進出して来たのだ。

しかし、義元先生と雪斉和尚の活躍により辛くもこれを撃退。
特に義元先生は謙信公の突撃に何度かさらされ、
単独兵数2500人の優位を脅かされそうになるほどの激戦だった。

だが、一度野戦で撤退に追い込めば兵数がかなり削られる為、
すかさず追撃戦を開始。
主力としての機能を、疲弊した義元先生から雪斉和尚に移譲し、
なんとか越後への侵攻が果たせたのだった。


この辺りで、武田家との不戦同盟を働きかけるが完全に無視される。
しかも逆に飛騨への侵攻が開始されたのだった。

この時、武田軍の兵力は8000人!
飛騨の守備隊はわずかに1000人なので全く太刀打ち出来ず。
何度か嫌がらせの出撃で足止めをしたものの、完全に飛騨を取られてしまった。

くそう。

その間も越後攻略を急がせ、
更に雪斉和尚に兵力を集中させて武田軍との決戦に備える。
ていうか、越後半分獲ったところで、
余勢を得た武田軍が越中国へ攻め込んできたんですけど(^^;。


かなりヤバい。
こちらの守備隊はジリ貧で、ターンの制限で足止めするのが精いっぱい。
仕方がないので、上杉残党を越後国の北に追いつめてから、
一旦討伐を中止して主力を越中国へ向かわせる。
それでも総兵力では武田家を下回る状態。

しかしここでまた幸運が到来。
なんと越中国で武田軍が左右に分かれて侵攻しだしたのだ。
(中央には飛騨から追い立てられた我が部隊が駐留)

そしてこのタイミングで北信濃の村上義清先生と同盟が成立。
北信濃からの防衛の要衝である春日山城を空にする事が可能となった。
流石は義清先生。味方にいなくても役に立ってくれる。


2手に分かれた武田軍に対し、
まずは飛騨国への進入路がある城を占領し武田家の退路を断つ。
そして右側に展開した武田信玄本体を攻撃し、大将撃破でこれをせん滅。
次のターンで左側に展開した山県隊を大将撃破で殲滅。

武田家の野望は越中国で散ったのだった。。。

ただし、強力な当主を失い、
家督を虎綱春日に引き継いだものの、
武田家残党には優秀な武将がまだ多くいるため、
こちらから侵攻するのは時期尚早。
と言うか現時点の姉小路家には二正面作戦を行う実力は皆無。


そこで飛騨国の最北端の城を奪い返し
ここに主力級の守備隊を配置して防衛の要とする事にした。


越中国の防衛は、この飛騨国の守備が破られねばほぼ安泰。
隣接する能登国の北畠家は当分国内統一出来ないだろうし、
加賀国の富樫家も同じ。
しかも富樫家とは最初から同盟を結んでいる。
朝倉家が加賀に来るにしてもまだ当分時間がかかるだろう。

今後の戦略としては、まず東北を平定し背後の憂いを断つべき。
それを成し遂げるためには西と南からの侵攻を断固として防が
なければならないのだ。
越中国は国も豊かだし、本拠地(となった)越後国防衛の要だし、
死守すべき重要な土地と言える。

などと考えているうちに上杉家残党の掃討が完了し、
越中・越後の覇者となったのである。

ここまでくればまずは一安心。

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